僕の血


温泉に入りたい
と思って
出かけることにした
雪深い山の奥
秘湯と呼ばれる一軒家

そこに訪れた僕は
心の奥で
もうどうでもいいと
思っていた
いつも一人だったから

温泉には
老夫婦
お客はその一組だけで
僕は宿のひとからも
変な目で見られ

それでも
僕は
もうどうでもいいと
思っていたから
何も気にならなくて

一人で
白濁した
温泉
露天の温泉
に浸かった

そしてら
なぜだか
突然
涙が出てきて
とまらなくなって

どうしてだろう
と思ったら
体じゅうが
暖かい
そんな記憶を思い出したからだった

温泉の中で
湯気の中で
僕はいろいろなことを思い出した
みんなが笑っていた
みんなが喜んでくれていた

そんなことが
次々と
浮かんでは消えていき
最後には
僕だけになった

気がつくと
僕はひとりだった
ひとりになっていた
もうどうなってもいいや
そう思ってここにきた

温泉から上がると
僕はすぐに服を着て
宿を出た
老夫婦や宿の人が
怪訝な顔で僕を見ていた

僕は
なんだかわからないけど
ちょっと元気になって
もう少し頑張ってみよう
そんな気持ちになって

足早に山道を歩いていたら
足を滑らして
崖に滑り落ちて
真っ暗
真っ暗になった

そうしたら
また
身体中が暖かくて
温泉と同じようで
これまでの思い出と同じようで

暖かくて
微睡んだ中で
この暖かさは
格別で
すっとこのままでいいやと思ったら

目が覚めて
そこには
血だるまになった
僕が
転がっていた

僕の血は
とても暖かかった
そうか
人が暖かいのは
血の暖かさ

これまでもらっていたのは
これだったのか
僕はようやくわかった
僕は
ひとり

だから
いまは
自分の血で
温めるしかないことも
わかった

そして
そのまま
僕の血は
僕の体と心を温めて
冷たくなった