弱虫


虫が飛んでいた
蚊みたいな
細い体躯に細い手足
ふわふわと
自らの力ではなく
空気に運ばれるように
飛んでいた

家の中だったから
嫌だな
外に出て行って欲しいな
そう思ったけど
よく皆がやるように
手でパンって
つぶすことはできなかった

僕は蚊に刺されやすい
いつも僕だけ
なんで僕だけ
刺されては赤く腫れ上がり
かゆいかゆいと言っているけど
手でパンって
つぶすことはできなかった

なぜか
生きていることを感じてしまう
生きていることを考えてしまう
おかしいよね
僕を刺した蚊なのに
僕の血を吸い取った奴なのに
パンって潰せばいいのに

この小さなか細い体で何を考えているのだろう
どうしてここにいるのだろう
なぜ僕のところに来たのだろう
この虫の命を
僕がここで終わらせていいのだろうか
そんなことを考えて
パンってできない

家の中を漂っていた
あの虫は
次の日の朝
床の上で死んでいた
よかった
そんなことを思いながら
ゴミ箱に捨てる

おかしいよね
毎日肉や魚を食べて生きている僕に
そんなことを考える権利はないはずだ
ただの弱虫
それが正解だ
だけど
それが僕だからしょうがないや

 

自分だけ


テレビをつけると
罵り合い
主張のぶつけ合い
いい大人たちが
太った大人たちが
自分たちは優れている
声だかに叫んでいる

緊張が高まっている
戦争になるかもしれない
ミサイルが飛んでくるかもしれない
どの番組でも
レポーターが伝えている
大変だ大変だ
みんな嬉しそう

みんな暇なんだ
他にすることがないんだ
何かを叫んでいる独裁者たちも
何もしたくない為政者たちも
それを伝える物知り顔の大人たちも
そして
誰かが何かしてくれるのを待っている僕らも

だって
みんな顔色もいいし
太っているし
楽しそうだし
家庭があるし
生きていくことに対する
危機感なんて微塵もない

暇だから
することがないから
自分が最高だ
自分が一番だ
自分だけが得していたい
それを与えて欲しい
それを維持して欲しい

自分が最高でいたいなら
自分が一番でいたいなら
自分自身でそう思えればいいことなのに
人に決めてもらうことではないし
人に認めてもらうことでもないのに
自分で決めること
自分で感じることなのに

生きていることは暇だけど
自分だけの
大切なものだから
かけがえのない時間だから
人を巻き込む暇なんてないはずだ
自分のことだけを考えて
自分で自分自身で感じることが必要なんだ
 

祈り


お墓に花を供えて
バシャバシャと
墓石に水をかけると
なんか清々しい気持ちになる

あの人のためにしているのに
自分のためにしているようで
祈るとは
こういうことなのだと理解した

手を合わせて何を思うか
あの人のこと
そして自分のこと
自分たちのこと

そう考えることを
そう考える時間を
与えてくれることに
気がついた

供えた花に
ミツバチが飛んで来て
蜜を吸っていた
ああなんかいいことしたな

そんなことを感じて
考えて
あたり一面に
バシャバシャと水をかけて息を吐いた

 

一つになるもの


すごい雲だ
入道雲というのだろうか
青い青い空に
モクモクと
まるで何かが生まれたかのように
どこまで大きくなるのか
そのうちに僕らを飲み込んでしまうんじゃないか
そんな圧倒的な存在感で漂う雲

夏空
なのだろうか
そしてその雲の向こうには
真っ黒な雲が迫って来ている
雨雲なのだろう
すごいコントラストだ
青い空に白い入道雲と真っ黒な雲
何者にも敵わない光景

こんな空を見るたびに
敵わない
そんなふうに思うけど
同時に
敵う必要なんてない
そんなことにも気がついて
一緒になりたいな
そんなふうに思う

心配はいらない
しばらくすると
真っ黒な雨雲が雨を降らす
シトシトなんかじゃない
バチバチと地面を叩きつけ
土や草の匂いをあたり一面に撒き散らしながら
誰も敵いやしないあの光景と
僕らは一緒になれる

気づかなけれないけない
夜空に打ち上げられる花火より
ゴッホの絵画より
淹れたてのコーヒーより
おしゃれな彼女の水着より
子供の書いた純真無垢な似顔絵より
もっと素敵なものがあるってことを
僕らと一つになれるってことを

 

それだけのこと


昨日
レンジで冷凍食品を温めて
取り出そうとして
熱くて手を滑らして
床にぶちまけた
しばらく床の上で湯気を上げている食べ物を見ていたけど
どうなるわけでもないので
手で掴みとっってビニール袋に放り込んだ
何やってんだろ
そんなことを思いながら
何やってんだろ
何回も何回も口に出して呟きながら
床を一生懸命拭いていたけど
よく考えたら
一番不憫なのはこの冷凍食品で
冷凍食品が温められて冷凍食品ではなくなったというのに
そのまま捨てられることになってしまったから
謝れよ
そう言われているような気がした

何やってんだろ
そんなことばかり
でも何やってんのは僕だ
やったことに対して
いつも謝りもしないで
それどころか
自分が悪いのに
自分でない何かが悪いかのように思っている
ついてないな
そんなことを思う自分もいる
じゃあついていたらどうなってるっていうんだ
この冷凍食品が
温めて見たら高級食材に変わっているとでもいうのか
ラッキー
そんな期待をしているのか

バカじゃないの
何やってんのも
何やってないのも
僕でしかないのに
ドジでトンマで間抜けだったとしても
それが僕なんで
逆に自分が思う以上にすごくうまくいったことがあっても
それも僕なんで
何やってんのっていうときは
僕は僕に謝って
何やってんのを繰り返さないために
何すればいいか考えればいいんだ
バカだなって笑い飛ばせばいいんだ
それだけさ
 

Close to you


Close to you
そう歌った彼女は
拒食症でなくなったという

優しい声で
ちょっと掠れた声で
甘く切なく歌う彼女

あなたの傍にいたい
そう歌う彼女の声は
すこし震えている

Close to you
僕らもそんな言葉
伝えることができるだろうか

Close to you
お互いがそう思っていても
なぜか離れ離れになっている人たち

仕事の都合
家庭の事情
それとも気がついていないだけかもしれない

Close to you
傍にいたいから
傍にいる

Close to you
傍にいることができるのならば
言葉で伝える必要はないのかもしれない

傍にいたくても
いることができない
だからClose to you

Close to you
僕らは傍にいなければならない
愛し合っているのだから

 

みたいなもの


綿あめみたいに幸せで
シャボン玉みたいに飛んでって
ロウソクみたいに照らし出し
蜘蛛の巣みたいに美しく
都会の雪のようにはかないもの
なーんだ

海のように大きくて
土砂降りのように清らかで
スズメバチのように神秘的
雪の結晶みたいに一瞬で
分厚く浮かぶ雲みたい
なーんだ

飴玉みたいに美味しくて
空に透かすと輝いて
落とすと蟻が寄ってきて
水で洗うと清廉で
僕のほっぺを膨らますもの
なーんだ

夜空のように透きとおり
雷のように切り裂いて
僕らの心をわしづかみ
台風一過の大空で
虹のように綺麗なもの
なーんだ

闇夜のように懐かしく
提灯辺りを照らしては
虫に雨露ひかりだし
僕らの番だとやってくる
たくましくて永遠なもの
なーんだ